先日のイベントで神社の前を通ってから半世紀前の記憶が少し出てきまして、行ってみようと思っていたところ、今日なんか呼ばれているような気がして出かけてみました。午前中勝負だな。

イベント時に火祭りのポスターがあったので、その前に…って完全に日にち感覚がズレてました。土日開催だと勝手に思い込んでいました。道の駅富士吉田でポスターを見て「え?今日なの?」「混雑するのは嫌だなぁ」でも行けるところまで行って混んでいたら次の機会にしよう、と。とりあえず水を汲んで出発。

国道に面したこの鳥居は記憶にあるような無いような…参道脇の灯篭?の列はなんとなく覚えています。

これこれ。これを立てて上から燃やしていくのね。下のバージョンは記憶には無いですね。通りに一定間隔で並んで燃えている光景。出店や屋台に挟まれた通りに人で大渋滞していました…けど実際どうだったのかなぁ?宿の2階の窓から見た景色もそんな感じに覚えているので、まぁまぁ正しいと思うんだけどなぁ。

観光客と参拝客でごった返すくらいの景色を覚悟していましたが、駐車場に空きはありましたし、境内から見渡して数十人といった感じでしょうか。モチロン人は動いていますからそれ以上の人間が存在しているわけですけれど。
意外に空いているなぁと思って歩いていたらご近所の方と思われる先輩ご夫妻が「今日は混んでいるなぁ」と仰ってました。そうなんだぁ。やっぱりイベントの無い日に来なきゃいけませんね。半分くらいは外人さんでしたけどね。

神社へ行った記憶はあって、この道を歩いたんだと思います。大きな木に囲まれていたのは覚えてます。ただ夜だったんだよなぁ。いや、夕方かなぁ?雨も降っていたかも?とにかく暗い中で祖父に連れられて歩いてました。

石造りの水路にきれいな水が流れていたという記憶があります。参道を歩いている時に樹々の向こうから水音が聞こえたのでちょいと脇にそれて覗きに行ったのですが、違うなぁと。

ここもなんか似ているんだけど、記憶のモノはこんなに幅が広くないんだよなぁ。子どもの頃に見たモノが実際は記憶のモノより小さいってよくあると思いますが、逆はあり得ますか?

拝殿自体は記憶に無かったので新鮮な気持ちで見てました。ただ、板敷きの部分の記憶があるのですが、ここだったのかなぁ??富士講で行ってますし、参道を通って参拝してないわけがないので、何度か来て子どもっぽいお願いをしていたんだろうなぁと思います。もちろん参拝した記憶がありません。なぜでしょうねぇ?参拝から半世紀過ぎましたが何とかまだ生きています、という報告と感謝を伝えてきました。

神社と言えば元宮が大事なんじゃないかしらん?と勝手に思っていまして、見つけたら参拝することにしています。「その場所に祀られる理由」って結構重いモノがあるんじゃないかしらん?
ということで大塚丘(おおつかやま)です。日本武尊は足柄からここを通って酒折へ。ここで富士を遥拝したと伝わっていたことで神社ができていると。こういう記紀には無い伝承が大事なんだと思います。そもそも記紀に富士山が出てこないのは何故?

歩きながら鳥の声を聴いていました。良さそうな場所です。こんな看板見ちゃったら冬の再訪を考えてしまいます。

とろとろとバイクを走らせていたら出会った山神社。モチロン初訪問でした。

きちんと参拝してきました。結構人が多いです。
手水舎で小学生くらいの子にちょいと気を遣われた後で「○○カバンについてるよ」と声をかけられました。「ありがとう」と返しつつAPDとしては流れが読めない状況だと言葉の理解が追い付かないんですね。水がかかったんだと予想したんですが、蝶がついてました↓

これが結構きれいな羽をしていたので連写。参拝して駐車場に戻ってもカバンから離れませんでした。何か良いですね、神社からくっついてくるって縁起良さげじゃあないですか?

タテハチョウの仲間でスミナガシ(墨流し)と言うそうです。珍しくはないようですが初めて見ました~😊
