くさしのととろ探検記

相模國酒馬間で探検しながらダイエットセラピー

湘南村葉山島

今は緑区ですが、自治体で湘南を名乗ったのはここだけだと思います。

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相模川を湘水と呼んでいたのですね。今は耕地が広がっていますが、開拓事業の苦労が碑に刻まれています。

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↓痩せていて分かりませんでしたが、カワラヒワですね。

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珍しく飛んでいる姿が撮れました

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キンクロハジロ。冬鳥ですねぇ。暖かいのに。

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↓足下から突然飛び立って驚いてしまいました。国鳥さん。

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図鑑で見るとヒメウラナミジャノメが近いのですけれど、模様が少し違うんです。

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大棚沢広場

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黄砂は来てないし、花粉もそろそろピークは過ぎたような感じです。天気が良いので久々に歩きに行きました。桜がまだ残っていて、山の様子も春っぽいです。

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↓○○カイツブリだと思うのです。潜っていたし。アカエリかなぁ?

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↓声の大きなウグイス。30分粘ってこれ。

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ルリタテハ

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真田の花火

半月ほど前から近くでウグイスが鳴くようになって、巣でもあるのかなぁと思っていた所にこれまた良い鳴き声がするなぁ、と思って窓の外を見るとイソヒヨドリが。

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シジュウカラも巣があるようです。

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夕刻に音がするので窓の外を見ると花火が。東海大学かと思われます。この時季の花火・・・でもウチの市の花火はこれくらいの時期だったような。

懲りることなく写真機で・・・

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ケセランパサラン

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どうせ手ぶれるならアートっぽく

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小野神社

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鳥居脇に説明板がありました。以下説明板から

小野神社

 この神社は、延長五年(927)の「延喜式」巻九に「相模国式内社の内愛甲郡一座小野神社」と書かれています。

(中略)

「新編相模国風土記稿」に「閑香明神社、村の鎮守なり。延喜式に載りし小野神社、当国十三社の一にて祭神下春命という」とあります。

 明治時代になってから、この神社の祭神には日本武尊も加えられました。それは日本武尊が東国の賊の征伐に向かった際、野火の焼き討ちの苦難にあうという「古事記」の記述の地が「小野」と関係するとして祭神に加えたもののようです。

 この神社は建久五年(1194)愛甲三郎によって再興されたとも言われています。愛甲氏の本家の横山氏は、小野妹子の子孫と伝えられ、愛甲氏の家系の信仰は厚く、特に江戸時代には、愛甲姓の武将の参詣が記録されています。

  平成十二年三月吉日

厚木らしさの創造推進事業玉川地区協議会

 

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ヤマトタケルの野火といえば、相模国のリーダーにだまし討ちされそうな所を剣のおかげで逆転勝利を収める、草薙剣の話と記憶しております。小野は結構古くからの地名なのでしょう。

愛甲一族は小野姓だったのね。でも延喜式に書いてあるんだから、愛甲さんが入所する前から小野神社ですよね。江戸時代の記録では閑香明神社。「閑香」をググると中京のお店がヒットしました。かんか、しずか、の読みで出てきます。「閑香」と書いて「アヰコウ」と読んでいたとの記事もありましたが、確かめてはいません。市史を見たら出てるかな?

下春命は書紀に出てきた記憶はないので、地元神かな?と思って、愛甲郡の下流域の河原で下原から下春?とか想像していたのですが、『旧事本紀』に登場する天つ神でした。オモイカネ神の子、秩父国造の先祖であると。開墾の神様だそうで、武蔵国のいくつかの小野神社でも祀られているそうです。

秩父と言えば秩父平氏。愛甲氏は横山党と書いてあったので、残念ながらそこはつながりませんでした。武蔵国の小野神社と横山党の支配地はつながるかなぁ?小野妹子小野小町はつながるのかしらん?

 

今日は復興祈願でやって来たのですが、我々は賊ですかぁ・・・でもまぁ何度も再建を繰り返している神社なので、御利益はあるのではないかと。

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古いものがちゃんと残されています。上の写真の道路際にあるのはお墓でした。首無し地蔵や馬頭観音もありました。

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境内社が下の建物です。

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中央扉の額が下の写真ですが、ひょっとして真ん中の神様は「あらはばき神社」と読めるのではないでしょうか?

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アラハバキ神を祀っている所だとしたら初めて見ました。いや、意識していなかっただけかも知れませんが、初認識でしょう。『東日流外三郡誌』(今や書名を読める人はいない?)に夢中になっていた時期がありました。NHK大河『炎立つ』でも登場しました。謎の土着神「アラハバキの神」です。いやぁ発見発見。久しぶりにドキドキしてしまいました。

桂橋

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相模川緑区です。ここの橋は結構高い所に架かっているので、水面の鳥は狙いにくいのですが、両岸の木々を上から見ることになるので、鳥の動き自体はよく見えます。まぁすぐに隠れてしまうのですが・・・

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オシドリがいましたが、と~い!!

 

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キンクロハジロかな?近寄ってきてくれたのですが、水面までの距離が結構あります。

 

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